昔話9 閑話休題免許取得

親のすすめで自動車学校に通うことになりました
しかし、この時期は特筆するべき事はなく、自動車学校に通う日々

しかしこの時期は、卒業する高校生などが多く、商売的にもそちらが優先。
免許取得まで二ヶ月余りの時間をかけることになる



仕事はしっかり探そう!
心からそう思う

やがて、おもちゃ屋の再開
自分にとっては、下らない
でも、今にも続く大きな意味を与えた時代になる

昔話8 一ヶ月後、閉店

微妙な人間関係の中、おもちゃ屋は閉店となりました
クリスマス、年末年始、閉店と、最初から忙しい時期を経験して、良い経験だったと思いました。
店はスーパー改装後もテナントとして残ると聞きました。
約四カ月の閉店期間です。
その間、何をするかも決まってなかったので私個人としては新しいバイト先でも探す気でいました。
「クビにして貰って、また何かあれば再雇用で構いませんよ」
などと言ったら、社長から
「そんな無責任なことはしませんから」
と、力強く言われてしまった
有り難いとは思うが、同時にこの店にそこまで執着する気は無かったので、複雑な心境だった
結局、私は野良犬根性の持ち主なのだ


取り敢えず、近くの系列店に出勤することを言われたが、車で20分かかる場所は、自転車では大変な距離なるわけで、しばらく休みになった

そこへうちの親が、自動車学校に行くように提案してきた

確かに、免許が無くては不自由だ
私は、自動車学校に行くことに決めた

昔話7 店の人達

私がいた店は、店長、社員のNさん、パートのAさん、学生アルバイト(?)のKくん、そして私の5人だ。
店長は私より10歳ぐらい上であまり感情を表に出さない人だ。なんとも掴み所が無い感じの人だ。
社員のNさんは私に直接教える機会の多かった人で、人当たりも良かったが、この店が閉店になるのに際し、退職された。当時、チラと聞いたような記憶があるが、あまり店長やAさんとは仲良くないみたいだった。
パートのAさんは、かなり癖が強くて、悪意は無いのだが、私は苦手だった。とある人物の評価として「1年いて2年分店に利益を与えても3年分の害になる」と誰かが言っていたのを今でも覚えている。
極端な話ではあるが、頷ける部分がある
アルバイトのKくんは、三回ぐらいしか顔を合わせたことがない。あまり話をする機会も無かったが、Nさんを慕っていたようで、Aさんをかなり嫌っていた。いわく「あのオバチャンまだいたの?」


思うと、意外とみんな仲が悪いな……
でもまぁ、仕事上では大人の対応をしていたなぁ

昔話6 一ヶ月のおもちゃ屋店員と人たち

おもちゃ屋店員になった
まず最初に教わったのは、商品の包装方法だった。
キャラメルの包みのような、多くの人がすぐに出来るようなやり方と、デパートなどでギフトなどでしてあるような商品を巻いていくやりかたの2つである
現在ならば、巻いていくやり方の方が綺麗にも見えるし簡単だが、当時の私にはそんなスキルは無かった。ほぼ全ての商品は、キャラメル包みのやりかたでクリスマス商戦を戦う事になる


クリスマス商戦は、おもちゃ屋にとっては稼ぎ時、そこで本部の人が度々店の様子を見に来ることになる。
一人は社長
当然、このおもちゃ屋で1番偉い人。当時は、どうして社長が度々店に来ていたのか分からなかったし、結局その理由を聞く機会も無かったが、今なら想像が付く。
店の様子を見るのと同時に、閉店の段取りなどをスーパーの方と話し合ったりしていたに違いない。
少し体格が良く、大きく良く通る声で早口で喋る人だ。眉が太くて眼もギョロッとした感じで、少し怖そうな感じがする。さすがに社長らしく、ビシッとスーツを着ている
そして部長、本部で卸事業の指揮を執っている人で、クリスマス時期と後の閉店セールの為に各店舗からの商品移管と本部からの卸で売り場の商品を切らさないように走り回って、或いは電話なんかで指揮をしている。
この部長は背が高くてスラッとして、穏やかな笑顔で声は優しくて暖かみがあった。
ポロシャツの上にジャンパーを羽織り、デニムにスニーカーが自然でよく似合う人だ。
私のような新人は、部長が来たときには店長から「部長の指示に従って」と言われ、部長に付いていって車から荷物を下ろすのを手伝い、二人でラベラーで値段シールを貼り付けて商品を並べる事も何度かあった。



そう思えば、部長に良いイメージなのも納得だ

昔話5 手近でアルバイト、しかし

働くことは決めたが、どこで何をという意味では何も決まっていなかった。
ただ、当時は、車必須の田舎住まいだが免許証も持っていない。
職探しという意味では誰も何も教えてくれなかったので分からなかった。
というわけで、自転車で15分の大型スーパーのテナントに入っていたおもちゃ屋にアルバイトを申し込んだ。



面接をした数日後、合格ということでアルバイトをすることになった。
ただ、この時期は12月……クリスマスシーズンなのである。
当時はクリスマス商戦で私がいた店でもチラシを入れ、プレゼント見込みの大きなおもちゃが高く積まれていた。ゲーム機で言えばプレイステーションやサターンが売れていた。
それを買いに来るお客さんの多くがプレゼント包装を希望していた。
しかも、この大型スーパーは一時店を閉めて改装するということで、それに併せて閉店売り尽くしセールをやると聞いた
私はアルバイトを始めてすぐにクリスマス商戦と閉店売り尽くしセールという大きな波に揉まれることになる
しかも、一ヶ月後には失業……

皆さん、職探しは慎重に……そう言わざるを得ない



昔話4 きっかけは他人事、それでも何かを始める理由にはなる

私は、4人兄弟の長男で、妹と弟が二人いる
高校を卒業した妹は、短大へ通っていた
就活ではなんとか内定を貰い、11月だったろうか?
夜、彼氏と二人で家に来た
私は、自室にいつものように引き籠もっていたが、居間の両親が大声を上げていた

妹が妊娠したという

結論としては、内定は辞退する。学校は卒業して、春になったら直ぐ入籍、らしい

私としては、家族のことではあるが自分が結婚するわけでは無いという意味では、所詮は他人事だったが、決断のきっかけにはなった
つまり、せっかく結婚する新婦の兄が引き籠もりニートでは、妹は向こうの親族に恥ずかしいだろう
生まれてくる、甥か姪から見れば何もしない叔父さんはみっともないだろう
そんな理由である
もう一つ、タイミングが良かった
私は子供の頃から喘息を持っていた。
高校生の頃からかなり頻繁に発作を起こすようになっていた。一時は毎月、急な発作に苦しめられ続けてきた。しかし、この1年弱、大きな発作も無く、夜中に病院に入院と言うこともなかった
健康に自信は無いが、この1年近い安定というのはまだ安心にはなった



アルバイトをすることにした

昔話3 ニートが無為に時を過ごす

結局、何もせずに引きこもりニートの様な暮らしをして4年弱……
正直、2年過ぎた頃から、何もしない暮らしは地獄だと感じるようになった
勿論、やりたいこと?はやっていた
小説を書くことと、ボードゲームのデザインである

小説は、2、3本投稿した筈だが全部落選した。数年かけてこれだけというのは少ない。しかし、自分の文才の無さというものを書いている最中に気づいたのである。いや、気づいたと言うよりも、思い知らされたのだ。読み返してみて、読みにくい。しかも、面白くないときているから救いようがない

絶望した

ボードゲームもいくつか作った
しかし、あの頃は、今と違いインターネットもなくゲームといえばスーパーファミコンからプレステやサターンへと動き始める時代である
アナログゲームTRPGの人気に一息入る頃である。
当時の環境では、私が作ったゲームが日の目を見る可能性は無かった




私は、本当に只の引きこもりニートになっていた
今の状況をどうにかしたい
現状を打破したい
そう思いながら、どうすれば良いか分からなかった
しかし、現実として時間は流れ、周りの状況はどんどん変化していった
そして、私も歳を重ねていく
その中で自身の状況を変化させようと決断できるきっかけを掴むことになる